札幌地方裁判所 平成9年(ワ)1581号 判決 1999年1月22日
札幌市<以下省略>
原告
X
右訴訟代理人弁護士
荻野一郎
東京都中央区<以下省略>
被告
オムニコ株式会社
右代表者代表取締役
A
右訴訟代理人弁護士
岩城弘侑
主文
一 被告は、原告に対し、金一〇七五万二六七七円及びこれに対する平成八年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その二を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
被告は、原告に対し、金一七九〇万四四六三円及びこれに対する平成八年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、北日本商品株式会社(被告に合併された。以下「北日本商品」という。)に商品取引所における商品先物取引を委託していた原告が、北日本商品の従業員が商品先物取引の不適格者である原告を勧誘した、原告に対して利益を生じることが確実であるとの断定的判断を提供した、仕切りを拒否した、無断売買をし、または一任売買をさせた、売直し、買直し、途転、両建などの無意味な反復売買をさせた、新規委託者保護に違反する取引をさせたと主張して、民法七一五条の不法行為に基づき、被告に預託した委託証拠金残金と弁護士費用の合計額を損害賠償として請求した事案である。
一 前提となる事実
1 被告は、平成九年六月、北日本商品を合併する旨の登記をした。北日本商品は、北海道穀物商品取引所及び東京穀物商品取引所において商品の受託業務等を目的とする商品取引員であった(争いがない)。
2 原告は、平成二年一一月二九日、北日本商品との間で、北海道穀物商品取引所における商品(輸入大豆)の売買取引を継続して委託する旨の契約を締結した(乙一)。
3 北日本商品は、原告の委託に基づくものとして、平成二年一二月三日から平成八年一〇月八日までの間、売買取引(以下「本件取引」という。)を行った(争いがない)。
二 争点
1 北日本商品の従業員らによる不法行為の成否(原告の主張)
(一) 不適格者に対する勧誘
原告は、昭和三二年○月○日生まれであり、a工業大学を卒業後、b株式会社に勤務し、建物設計の業務に従事している。原告は、本件取引を行う以前には、商品先物取引の知識、経験を有していなかった。原告は、商品先物取引の不適格者である。
(二) 断定的判断の提供、危険性の不告知
北日本食品の従業員であるBは、平成二年一一月ころ、原告に対し、執拗に商品先物取引の電話勧誘を行い、面会の約束を取り付けた際も、商品先物取引の危険性には一切触れず、「金を短時間預けてくれれば、儲けて返すことができる。」と述べて勧誘した。その結果、原告は、同年一二月、北日本商品に対し、一〇〇万円を支払った。
その後、同社の従業員であるCは、原告に対し、電話で「今、金を預ければ、また儲かる。」などと断定的判断の提供を行った。
さらに、同社の従業員であるD、E、Fらは、原告に対し、「追加の証拠金を避けるためには、この金が必要である。」、「預かった金を保護するために必要だ。すぐに返却できるから。」などと述べ、原告は次々と金の支払を余儀なくされた。
(三) 仕切拒否
原告が北日本商品の従業員らに、「支払った金をあきらめてやめられないのか。」と再三にわたり問いただし、取引を解約するよう求めたが、従業員らは、「やめるためには、今回、追加で支払う以上の金が必要だ。」と述べ、解約を拒否した。
(四) 無断売買または一任売買
北日本商品の従業員らは、委託手数料を稼ぐ目的で、全くの無断売買または一任売買により、取引を継続させた。
(五) 無意味な反復売買
北日本商品の従業員らは、売直し、買直し、途転、両建、手数料不抜けなどのいわゆる特定売買により、無意味な反復売買を継続させた。合計二一六回の本件取引のうち、二〇九回が特定売買に当たる(売直しまたは買直しが一〇〇回、途転が六二回、両建が四四回、手数料不抜けが三回)。被告が取得した委託手数料は、合計二二八一万六八〇〇円であり、これは、原告の売買益金七二五万三〇〇〇円を大きく上回っている。
(六) 新規委託者保護義務違反
原告は、平成二年一二月三日に二〇枚の買玉を建て、本件取引を開始したが、その直後の同月一四日には、一二枚の売玉が建てられた。本件取引の開始後まだ三か月が経過していない平成三年二月二八日時点では、最高で七四枚(買玉六八枚、売玉六枚)が建てられた。このような取引は、原告の経験、仕事の状況、資力に照らして明らかに過大である。
2 損害額(原告の主張)
原告は、前記の不法行為により、次の損害を被った。
(一) 委託証拠金残金 一六三〇万四四六三円
(二) 弁護士費用 一六〇万円
第三争点に対する判断
一 争点1(不法行為の成否)について
1 不適格者に対する勧誘について
(一) 証拠(甲一三、原告本人)によれば、次の事実を認めることができる。
原告は、昭和三二年○月○日生まれであり(本件取引の開始時は三三歳)、a工業大学の大学院を卒業した後、住宅の建設、販売等を行うb株式会社に勤務し、平成二年当時、住宅の設計の仕事に従事しており、年収は約五〇〇万円弱であった。原告は、本件取引を開始する以前には、商品先物取引や株式取引の経験を有していなかった。
(二) この事実によれば、原告には、商品先物取引を行うに足りる理解力、社会的経験、資金的余裕がないとはいえないから、原告に対して商品先物取引を勧誘すること自体が社会通念上相当とされる範囲を逸脱した不当なものということはできない。
2 断定的判断の提供、危険性の不告知について
(一) 原告は、北日本商品の従業員であるBが「輸入大豆は儲かる。うまくいけばマンションが買える。」「絶対に儲かる。」などと言って商品先物取引を勧誘したと供述し、原告の陳述書(甲一三)にも、同旨の記載部分がある。
(二) 証拠(甲一三、原告本人)によれば、次の事実を認めることができる。
原告は、本件取引を開始する以前は、商品先物取引の経験も関心も有していなかった。北日本商品の札幌本店の従業員であるBは、平成二年一一月ころ、原告の職場に数回電話し、原告に対し、「輸入大豆の値段が上がっている。うまくいけば、マンションを買ったり海外旅行をすることができるかもしれない。」と述べて、輸入大豆の先物取引をすることを勧誘した。
(三) しかし、他方、証拠(乙一、五、一一、原告本人)によれば、次の事実を認めることができる。
原告が平成二年一一月二九日に北日本商品との間で商品先物取引の委託契約を締結するに先立ち、Bは、原告に対し、商品先物取引の仕組みや取引に関する禁止事項、先物取引の危険性を説明した「商品先物取引委託のガイド」、受託契約準則を交付するとともに、商品先物取引の内容について概略を説明した。原告は、この説明を受けたとき、「相場」という言葉の一般的な意味は理解しており、商品先物取引が必ずしも一方的に儲かるものではなく、損をすることもありうることを認識した。
(四) 前記(二)で認定した事実によれば、Bは、もともと商品先物取引に関心のなかった原告に取引を行わせるために、短期間で多額の利益を得ることができるとの期待を抱かせるような説明をしながら、取引を勧誘したといえる。
しかし、前記(三)で認定した事実によれば、原告は、本件取引に先立ち商品先物取引の内容について説明した書面の交付を受け、一応の説明を受けていたから、原告の社会的経験や理解力に照らすと、自己の責任と判断によって商品先物取引を行うことが可能であったといえる。そうすると、北日本商品の従業員が原告に対して「必ず儲かる」と述べたという供述等は、客観的裏付けが十分ではなく、それのみでは採用することができない。また、北日本商品の従業員が勧誘の際に用いた言葉は、原告にとっては、将来の不確定な予測や期待の域を出るものではなく、確実に利益が生じると誤解させるに足りるものとはいえない。したがって、このような言葉を用いた勧誘が断定的判断を提供し、原告に確実に利益が生じると誤解させたものとして違法であると認めることはできない。
また、前記(三)で認定した事実によれば、北日本商品の従業員が商品先物取引の内容、特にその危険性を説明することについて不十分なところがあったと認めることはできない。
3 仕切拒否について
(一) 原告は、本件取引を開始した直後から、北日本商品の担当者に対し、やめたいとの意向を伝えた、本店の店長のCに対し、支払った一〇〇万円が戻らなくてもよいから本件取引をやめたいと伝えたが、それで終わるものではないと言われた、何度も北日本商品の札幌本店に出向いて談判したこともあったと供述し、原告の陳述書(甲一三)にも、同旨の記載部分がある。
(二) 証拠(甲六の1ないし6、一三ないし一八、乙三の1ないし31、証人F、証人C、原告本人)によれば、次の事実を認めることができる。
原告は、本店の課長であるC、Fらの担当者に対し、値洗いでマイナスが出ているので取引をやめたいと相談したことがあった。原告は、北日本商品に対して平成三年四月に預託した委託証拠金五〇万円と同年一一月に預託した委託証拠金一〇〇万円については、自己資金で調達できなかったので、複数の消費者金融業者から資金を借り入れざるを得なかった。原告からの委任を受けた原告代理人は、平成八年一〇月一五日、北日本商品に対し、仕切りの意思表示をし、本件取引を終了させた。
(三) しかし、他方、証拠(乙三の1ないし31、四、一四の1ないし12、証人F、証人C)によれば、次の事実を認めることができる。
北日本商品は、売買取引成立の都度、商品名、限月、新規・仕切の区別、場節、枚数、約定値段、委託手数料を記載した売買報告書と計算書を作成し、原告に送付していた。北日本商品は、毎月末には、残高照合通知書を送付し、原告から残高照合回答書を受領していた。いずれの残高照合回答書にも、取引に異議を述べる旨の記載はなかった。原告は、北日本商品の担当者から委託証拠金を入金するよう連絡を受ける都度、継続的に委託証拠金を預託した。
(四) 前記(二)で認定した事実によれば、原告は、本件取引を開始して間もないころから、内心では、本件取引を終了させたいという考えを継続して有していたといえる。
しかし、前記(三)で認定した事実によれば、本件取引をやめたいとの意向を聞いたC、Fらの担当者が、原告に対し、相場の動向を説明し、取引の終了を思いとどまるよう説得した結果、原告がこれを不本意ながら承諾したかのようにみえないではない。
そうすると、北日本商品の担当者が仕切りを拒否したという原告の供述等は、客観的裏付けが十分ではなく、それのみでは採用することができない。
4 無断売買または一任売買について
(一) 原告の陳述書(甲一三)には、原告が先物取引の注文を出したことは一度もなかったとの記載部分があり、原告は、本件取引の残高照合回答書は北同本商品の従業員であるCから「決まりだからサインして下さい。」と言われるがままに署名したにすぎないと供述する。
(二) 証拠(甲一三、証人F、証人C、原告本人)によれば、原告は、本件取引において、北日本商品の担当者に対し、自ら積極的に売買を注文することはほとんどなく、北日本商品の担当者が時期を見計らって原告に連絡し、相場の動向や将来の見通しを説明し、取引を勧めていたことを認めることができる。
(三) しかし、他方、証拠(乙三の1ないし31、四、一四の1ないし12、証人F、証人C)によれば、次の事実を認めることができる。
北日本商品の担当者は、原告に対し、外国相場の動向、需給の見通しなどの材料に基づいた相場の予測を説明したうえで、取引を勧め、原告の承諾を得て、売買の注文を受けた。北日本商品は、売買取引成立の都度、商品名、限月、新規・仕切の区別、場節、枚数、約定値段、委託手数料を記載した売買報告書と計算書を作成し、原告に送付していた。北日本商品は、毎月末には、残高照合通知書を送付し、原告から残高照合回答書を受領していた。
(四) 前記(二)で認定した事実によれば、確かに、商品先物取引の経験のなかった原告が最初から自己の判断のみによって北日本商品に対して売買の注文をしていたとみるのは、むしろ不自然といえる。
しかし、前記(三)で認定した事実によれば、原告は、北日本商品の担当者から相場の動向及び将来の見通しについての助言を受けた上で、自己の判断を形成し、本件取引を行ったとみえなくもない。そうすると、本件取引が原告の指示に基づかないものである、あるいは北日本商品の担当者に一任していたという原告の供述等は、客観的裏付けが十分ではなく、それのみでは採用することができない。
5 無意味な反復売買について
(一) 証拠(甲一)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。
売直し(買直し)は、既存建玉を仕切るとともに、同一日内で新規に売直し(買直し)を行うものであり、異なる限月の建玉の場合も含まれる。これは、いったん利益を確保する場合、確保した利益を証拠金に振り替えて建玉枚数を拡大する場合、限月によって値動きの違いがあるときに、有利と予想される限月に乗り換える場合などに行われる。
途転は、既存建玉を仕切るとともに、同一日内で新規に反対の建玉を行うものであり、異なる限月の建玉の場合も含まれる。これは、値動きの状況が反転することが見込まれる場合に行われる。
両建は、既存の建玉に対応させて、反対の建玉を行うものである。これは、その建玉を仕切るか、相場の好転を期待して建玉をそのまま維持するかどうかの判断に迷うときに、損失を固定してしばらく相場の動向を見守るために行われる。
手数料不抜けは、売買取引により利益が発生したが、その利益が委託手数料よりも少ないため、差引損となるものである。
(二) 売直しと買直しは、仕切りの方法によっては、多額の利益を得る可能性がないわけではないし、途転と両建も、相場の動向と仕切の方法によっては、利益を得る場合もありうるから、顧客にこれらの取引を行わせること自体が直ちに違法ということはできない。
しかし、これらの取引は、いずれも新たな手数料の負担が必要になるし、両建については、仕切の時期の見きわめにおいて難しい判断が必要となるうえ、新たな委託証拠金が必要となる。「商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項」は、委託者の十分な理解を得ないで短期間に頻繁な取引を勧めること、委託者からの手仕舞いの指示を即時に履行せずに両建などの新たな取引を勧めるなど、委託者の意思に反する取引を勧めることを厳に慎むこととしている(甲一九、乙八)。
そうすると、登録外務員がこれらの取引の意味を理解していない顧客に対し、十分な説明をせず、その理解を得ないまま、手数料を稼ぐ目的で無意味な反復売買を行わせることは、違法となる場合がありうると解される。
(三) 証拠(甲一、五の1ないし11、七の1ないし12、八の1ないし3、一三、原告本人)によれば、次の事実を認めることができる。
平成二年一二月三日から平成八年一〇月八日までの間の本件取引における売買回数は、建玉を行い、仕切った回数を一回として計算すると、合計二一六回である。売直しまたは買直しは、平成三年二月二二日に建てられた二七枚の買玉を初回として、合計一〇〇回である。途転は、同年一月一〇日に建てられた一八枚の買玉を初回として、合計六二回である。両建は、平成二年一二月一四日に建てられた一二枚の売玉を初回として、合計四四回である。手数料不抜けは、三回である。特定売買とよばれるこれらの取引は、合計二〇九回であり、売買比率は九六パーセントを占めている。本件取引による売買益が七二五万三〇〇〇円であるのに対し、委託手数料の総額は、二二八一万六八〇〇円にのぼっている。
原告は、本件取引において、北日本商品の担当者に対し、自ら積極的に売買を注文することはほとんどなく、北日本商品の担当者が時期を見計らって、会社で勤務している原告に電話で連絡し、相場の動向と将来の見通しを説明し、取引を勧めていた。原告が担当者の勧めに反対したことは、ほとんどなかった。
(四) この事実によれば、北日本商品の担当者らは、本件取引の開始直後から、長期間にわたり、多数回のいわゆる特定売買を行わせたが(そのうち最初のものは、本件取引開始からわずか一一日後に行われた。)、原告の経験や本件取引の経過に照らすと、これらの取引は、原告が任意に注文したものであっても、北日本商品の担当者から取引の意味を十分に説明を受けて理解し、自らの判断により行ったものと認めることはできない。
したがって、これらの取引は、北日本商品の担当者らが手数料を稼ぐ目的で無意味な反復売買をさせたものであり、違法といわざるを得ない。
(五) これに対し、Fの陳述書(乙一二)には、平成四年ころは、限月の違いによって建玉の値動きに違いがあったので、原告に対し、有利な値動きが予想される限月に乗り換えるなどの売直し・買直しの方法を説明した、Cの陳述書(乙一三)には、追証を入れてもらうことが必要になったとき、原告に対し、対処方法として追証、難平、両建、損切りがあることを説明し、原告が最終的に判断して方法を決めたとの記載部分があり、証人Cは、同旨の証言をする。
しかし、これらは、前記(三)で認定した事実に照らすと、いずれも建前を述べたものにすぎず、それのみでは、客観的裏付けが十分ではなく、採用することができない。
6 新規委託者保護義務違反について
(一) 証拠(甲五の1、七の1、二七)によれば、次の事実を認めることができる。
北日本商品は、取引開始後三か月以内の新規委託者について、建玉枚数に関する外務員の判断枠を二〇枚とする旨の内部規則を設けており、委託者から二〇枚を超える建玉の要請があったときは、管理担当班が審査を行い、その適否を判断することとしていた。
原告は、平成二年一二月三日に二〇枚の買玉を建て、本件取引を開始したが、その一一日後の同月一四日には、一二枚の売玉を建てた。原告は、本件取引の開始後三か月以内に、一〇回にわたり、合計一三六枚の建玉を行った。平成三年二月二八日時点では、同時に七四枚(買玉六八枚、売玉六枚)が建てられていた。
(二) 新規委託者保護規定の趣旨は、商品先物取引が極めて投機性の高い取引であることに鑑み、新規委託者が取引開始当初の習熟期間中に不測の損害を被らないように保護することにあると考えられる。そうすると、取引限度枚数を超える取引を行わせることが直ちに違法になるのではなく、この規定の趣旨に著しく違反する等の特段の事情がある場合には、違法となる場合がありうると解される。
(三) 前記(一)で認定した事実によれば、原告が新規委託者の取引限度枚数である二〇枚を大幅に上回る取引を行ったのは明らかである。本件取引の経過については、前記1(一)及び5(三)で認定したとおり、原告は、本件取引の開始前には商品先物取引の経験がなく、本件取引においては、北日本商品の担当者に対して自ら積極的に売買を注文することはほとんどなく、もっぱら北日本商品の担当者が時期を見計らって原告に連絡し、相場の動向を説明し、取引を勧めていた。また、原告に取引限度枚数を超える取引を行わせるにつき、北日本商品において、どのような手続がとられたかは、本件全証拠によっても明らかではない(当時の札幌本店の課長であった証人Cは、一般的にどのような要素に基づき取引限度枚数を超える建玉の申請が認められるか、原告の建玉についての申請がどのような理由により認められたかはわからないと証言する)。
そうすると、北日本商品の担当者が原告に対して取引限度枚数である二〇枚を大きく上回る取引をさせたことは、新規委託者保護規定の趣旨に著しく違反し、違法といわざるをえない。
7 本件取引全体としての違法性について
前記5、6で述べたとおり、北日本商品の担当者らは、原告に対し、本件取引の開始直後から、新規委託者保護規定の趣旨に著しく違反する取引を行わせ、本件取引の継続中も、手数料を稼ぐ目的で無意味な反復売買をさせたから、北日本商品の担当者らの行為は、本件取引全体として違法性を帯び、不法行為を構成するといえる。
二 争点2(損害額)について
1 損害額について
証拠(甲五の1ないし11、六の1ないし4)によれば、本件取引における原告の差引損は一六三〇万四四六三円(売買益七二五万三〇〇〇円から委託手数料二二八一万六八〇〇円、取引税五万六一五九円、消費税六八万四五〇四円を控除した金額)であることを認めることができる。
2 過失相殺について
前記一1で認定したとおり、原告は、本件取引を開始する以前には商品先物取引や株式取引の経験がなかったが、a工業大学の大学院を卒業した後、住宅会社に勤務し、住宅設計の仕事に従事しており、社会的経験があったから、商品先物取引に対する理解力、判断力があったといえる。
また、証拠(甲一三、乙一、五、原告本人)によれば、原告は、損をしても三、四日でやめられるからやってみようという安易な気持ちで本件取引を始めたこと、北日本商品の担当者から交付された「商品先物取引委託のガイド」、受託契約準則などの書面を熟読し、理解しようとしなかったこと、本件取引が開始して間もないころから取引を終了させたいと考えていたにもかかわらず、もっぱら北日本商品の担当者らから勧められるがまま取引を継続し、毅然とした態度を示さなかったことを認めることができる。
このような事情を考慮すると、原告には過失があったといわざるをえず、損害額からその四割を控除するのが相当である。
三 弁護士費用
本件訴訟の内容、審理経過、認容額等を考慮すると、本件不法行為と相当因果関係のある弁護士費用として、九七万円を認めるのが相当である。
四 結論
以上によれば、原告の請求は、金一〇七五万二六七七円及びこれに対する不法行為の終了した日である平成八年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由がある。
(裁判官 龍見昇)